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9/25 黒澤明作品「生きる」

最近、よく「時間」について考える事が多くなった気がします。
 
言うまでもなく、人にとって最も貴重な資源は「時間」そのものと言われますが、特に60才も過ぎてくると、人生の残り時間を良く意識する様になったのは確かです。
 
健康寿命ということばが「敬老の日」に因んでか、TVにも取り上げられてますが、人の寿命の残り10年を引いた年齢を指すそうで、つまりは人の世話にならずに自力で生活出来る年齢との事で、それを私に当てはめれば、もう10年前後の時間となり、勢い、正直焦って来ますね。
 
たぶんですが、その後も元気にして居れると思いますが、もしも、、が頭から離れません。
 
いっそう、日々を大切に生きて行きたいと思わされますが、そういう視点からこのエントリーで是非取り上げたいのはその生きる意味を問うた歴代の名作、黒澤明監督の「生きる」という作品です。
 
                          
 
今となっては懐古趣味的な話かも知れませんが、「死」と「生」を真正面から問うた、少なからず自分の人生に影響を与えられたものとして、紹介させて頂きました。
 
日本映画では押しも押されぬメジャーな作品ですが、初めて見たのは、確か大学2年くらいでしたか、まぁマイペースで平凡な生活を送っていた頃だけに、とても新鮮で印象深かった想い出があります。
 
生活に特に不自由を感じていなかった中で、しかし何か満たされなかったあの頃、あの前後から「生きる」事について少しは真面目に考え始め出した一つのきっかけになった映画でした。
 
志村 喬の名演技に魅され、余命告知を受けた直後に夜の飲み屋で1人切々と「命短し・・・」と歌うシーンや、想いを果たした後に、1人ブランコに乗って同じ様にして過ごすシーンに言葉にできない程の感動をした覚えがあり、その後、毎日の生活に何か背筋がピンと張った様な気になった想い出があります。
 
中で一番の印象深いシーンは、公園を作りたいと助役に言い寄る志村 喬の表情でしたね。人を動かす時の「目」は、ああいう目をするものかとも感じましたし、何より想いを覚悟した人やその時は、その表情は決して威圧的ではないけれど、気圧されるほどの迫力と揺るぎない強い信念を感じさせるものかと、そんなところがやけに思出に残っています。
 
鈍感な私ですが、「生きる」とは即ち「命を掛ける」事かと、漠然と垣間見た気にさせてくれた映画でした。
 
そう言う意味でやはり「名作」は、何時までも「名作」なんだと、今更ながら納得の気分です。